中央アジア散歩 2011年夏学期 全学自由研究ゼミナール

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映画『白い汽船』

公開日:2011年7月4日

投稿者:uzstudent2011s

前回書いた通り、アテネフランセでのソ連映画特集で観たもう1本の映画を紹介したいと思う。

1976年にキルギスで制作された作品で、タイトルは『白い汽船』。監督はボロトベク・シャムシエフという人で、キルギスを代表する作家だというチンギス・アイマートフの同名の小説が原作で、そのアイマートフが脚本も担当している。

主人公は、街からはすこし離れたキルギスの山のなかに住む7歳の少年。山といってもこのあいだの『灰色の狼』とはまったく違う、森にかこまれ小さな川が家のちかくを流れるというような牧歌的な風景が広がる。少年は働きにでたきり戻ってこない両親の帰りを待ちながら、やさしい姉や祖父に意地悪な義理の祖母、そして叔母夫婦などと山で暮らしている。そんな少年の、小学校入学前後の日々を描いた作品である。

本当に素晴らしい映画だった。名作といっていいと思う。映像、色彩の感覚もとてもよく、現実と想像・夢との織りまぜ方も実に巧み。主人公の少年はもちろん、そのまわりの人物の描き方もよかった。

主人公の少年は無邪気で奔放、とても想像力が豊かだ。家のまわりの野原を駆けまわったり川で泳いだりして遊び、手伝いをさぼって遊んでいたのを厳しい義理の祖母にとがめられれば、手に持っていた双眼鏡に「双眼鏡、おまえもいけないぞ。おまえが誘ったんだから」と話しかけたりする。少年が祖父に学校へ通学するカバンを買ってもらってはしゃぎまわるところに始まり、はじめはそんな明るい少年の様子が中心に描かれるが、話が進んでいくとだんだんと少年の悩やむ様子や心の揺れうごき、少年のまわりで起こる様々な揉め事などが見えてくる。遊んでいた最中にお父さんに会いたいといってふと涙をながす少年(もっとも、子どもの常でつぎの瞬間にはまた遊びに夢中になるのだが)、子どもができないことへの怒りから叔母に暴力をふるう叔父と、そのことに心を痛める祖父と少年。義理の祖母は叔父と共謀して、自分の娘である叔母を離婚させて叔父と少年の姉を結婚させることを企み、その結果少年をいつもやさしく世話していた姉は街へ逃げてしまう。そして、やさしかった祖父が権力者の叔父(祖父からすれば娘婿)と衝突して仕事を失ってしまい、少年は大きなショックをうける。悪人の叔父と義理の祖母によってやさしい祖父や姉が苦しめられるという単純な構図ではあるが、叔父も仕事上かつてほどの力がなくなったことや子どもができないことに苦しんでいたりなど、人物造形が巧みで描き方もうまい。

映像的にも、みるべきところがたくさんあった。木々と草原の緑や川の水、青空と太陽の明るいイメージ、夜や物陰の暗闇などの暗いイメージと話にあわせた色彩の使いわけがなされ、それぞれの場面でみても映像としてとてもきれいなものが多かった。途中で祖父が語る民間伝承として「母鹿の伝説」というものが挿入されたが、この場面では赤や白をうまく使って民話の幻想的・神秘的で少し残酷な雰囲気をうまく表現した映像となっていて素晴らしかった。また、双眼鏡を通してみた湖に浮かぶ白い汽船(タイトルの元となったモチーフである)、水の中を潜る少年など様々な「装置」をうまく使った映像もみられた。少年が自分が魚になる想像をすれば少年が魚になってまわりの家族などに囲まれて泳ぐ映像が挿入されるなど、現実と少年の空想の混ぜ方も巧みで、ラストは様々な悩み事に苦しんだ少年が熱にうかされ、現実とその空想の境目があいまいになっていくような映像で終わる。

繰りかえしになるが、本当によくできた素晴らしい作品だった。子どもの想像力をあつかった映画の名作は、アルベール・ラモレスの『赤い風船』やビクトル・エリセの『ミツバチのささやき』など多数あるが、そんな名作の1本にこの『白い汽船』も加えていいのではないかとさえ思う。タルコフスキーやパラジャーノフの作品などソ連ではかなり高いレベルの映画がつくられていたというのはよく言われることだが、ソ連のなかでも中央アジアにここまで良い作品があったというのはまったく知らなかったので今回かなり驚かされた。しかし、これだけ絶賛してきたこの映画『白い汽船』だが、今回はたまたま特集で上映ものの、日本ではDVDもビデオも発売されておらず、普通には観ることができない。もっと評価され多くの人に観られるべき作品だと思うので、いつかDVD・BD化されることを切に願う。そして、またこの作品に限らず現代のものも含めて中央アジア映画がもっと日本で広く観られるようになり、日本人の中央アジアへの関心も高まればと思う。

(文:文科二類二年 川名)