中央アジア散歩 2011年夏学期 全学自由研究ゼミナール

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統計からみるウズベキスタンと日本比較

公開日:2011年9月2日

投稿者:uzstudent2011s

日本人はウズベキスタンについての知識が圧倒的に足りない。このことは、観光班がウズベキスタンの観光産業を日本に広める方法について話し合った時も何度も話にあがっていたし、周りの人々に「ウズベキスタンに行く」と言った時の反応を通じてもみなが感じていることだと思う。そこで今回は、ウズベキスタンの生活の実情を知るにあたって、少しでも足しになればと思って統計を持ち出してみる。統計にも多種多様のものがあるが、そのなかからいくつかをピックアップして、日本と比較することでウズベキスタンについて考察してみたい。

まずは、経済班も調べていたが、経済を図る指標になるとされるいくつかのものから。

1.インターネット普及率 日本:75.40% ウズベキスタン:9.08% (世界平均23.44%)(2008年)

最初に国際連合の専門機関である国際電気通信連合(ITU)が発表しているインターネット普及率を調べた。2008年と少し古いデータになってしまうが、日本が75.40%であるのに対してウズベキスタンが9.08%とかなりの差がでている。世界平均の23.44%から比べても非常に低い数値であることがわかる。インターネット普及率が低いということは高度に情報化された現在の社会から取り残された人々が多いともいえる。コンピューターなどの通信機器の普及率なども今後調べて、ネットインフラの現状について調べてゆきたい。

2.報道自由指数 日本:2.50(世界第11位) ウズベキスタン:71.50(第163位)(2010年)

国境なき記者団が発表している報道自由指数。数値が低いほど報道が自由に行われているとされている。第一位はフィンランドで、上位には北欧や西欧の国々が並んでいる。日本は第11位で、もちろんまだまだ課題はあるだろうが、2008年6.50→2009年3.25→2010年2.50とどんどん報道自由度数が上昇しており、日本の報道の自由は評価されているといえよう。一方、ウズベキスタンは71.50とほぼ最低ランクである。これについてJICAの企画部によるウズベキスタン共和国に関するまとめによると、

「ウズベキスタンにおいては、政府機関による情報公開が制限されているため、国際機関等にとって信頼性のあるデータが入手し難い状況となっている。政府機関から定期的に発表される統計データ或いはその関連刊行物はほとんど存在しない。これは経済データは政治的に高い機密性を要するという考えによる。政府側の目的をもって発表されるデータはあるものの、作為的な側面が大きく、定期的な定型フォーマットによるデータ公開は行われていない。例えば、国家予算・支出は国民には未だ公表されていない。このたま、世銀、EBRD、OECD等国際機関は、政府発表の数少ないデータに頼らざるを得ず、信頼性に欠けており、まだそれらのデータの間には一貫性が見
られない」

とされており、旧ソ連の影響であろうか、ウズベキスタンの情報統制という負の側面がうかびあがる。ちなみに、周辺のカザフスタン、キルギスもウズベキスタンと同じくらい報道の自由度が低いとされており、みなさんの想像通り北朝鮮:104.75、イラン:94.56、中国:84.67といった国々も自由度が低いという結果になっている。

 統計からウズベキスタンを読み解こうと試みたにもかかわらず、統計が信頼できないといわれては元も子もないのだが、とりあえず統計の数値は信じることにして、次の統計を見てみよう。

3.識字率 日本:99.0%(第21位) ウズベキスタン:96.9%(第63位)(2008年)

国際協力事業団(JICA)が発表している識字率の統計である。識字率は教育指数を図る上で重要な要素で、生活の質や経済発展の指標にもなる。日本との大きな差がみられたインターネット普及率や報道自由指数とは一転、ウズベキスタンの識字率はかなり高水準にある。中央アジア諸国はカザフスタン:99.6%、タジキスタン:99.6%、トルクメニスタン99.5%と各国ともに高水準にあり、そうした他の中央アジア諸国に比べればウズベキスタンは若干低いが、アフリカ諸国や西アジア諸国と比較して経済発展の度合を考慮すれば、興味深い結果である。こうした識字率はOECD諸国並で、就学率も高いとされている。これは逆に旧ソ連の社会主義国時代から引き継いだ正の遺産なのであろうか。

4.自殺率 日本24.9(2010年) ウズベク:4.7(2005年)

よく見る統計ばかりでは見あきた人もいると思うので経済指標ではない少しマイナーな指標も取り扱う。自殺率とは10万人あたりの自殺者数を計算したものである。WHOが発表したもので、日本とウズベキスタンで調査年が違うので、正確に比較することはできないが、日本が24.9であるのに対し、ウズベキスタンが4.7とウズベキスタンの自殺者が少ないように思われる。一般的に日本と韓国は自殺率が高いとよくいわれるが、WHOの統計によると確かに韓国は2位、日本は5位で自殺大国といえよう。自殺を禁じているイスラム諸国は自殺率が低い傾向にあり、ウズベキスタンもイスラム教の影響を受けた結果といえそうだ。ただし、隣国のカザフスタンの自殺率が26.9で世界第三位にランク付けされているのが非常に興味深い。こうしたウズベキスタンとカザフスタンの自殺率の差の要因をひきつづき調査してゆきたい。

5.平均寿命 日本:82.7歳(1位) ウズベキスタン:67.7歳(127位)世界平均67.6歳

 2005年から2010年にかけての平均寿命についての調査結果である。日本が世界第一位の平均寿命を誇る長寿国であるが、それに対してウズベキスタンの平均寿命がどのくらいなのか調べてみた。 上記のとおり、ウズベキスタンは世界平均より少し上の67.7歳で、これには水の衛生状況が悪かったり水不足だったりすることが大きく関連していると思われる。

最後であるが、ウズベキスタンの軍事についても少しふれておこう。ウズベキスタンの軍事力は以下の通りである。

総兵力67,000人(陸軍50,000人、空軍17,000人)、準兵力20,000人
独軍が駐留
(出典:外務省HPhttp://www.mofa.go.jp/mofaj/area/uzbekistan/data.html ミリタリー・バランス2010年)
 
ドイツ軍が駐留しているのが興味深い点である。ウズベキスタンは徴兵制があり、18歳~27歳の健全な男性が1年もしくは1ヶ月兵士として働く義務がある。1年従事した場合は国からお金が与えられ、もし従軍の期間1ヶ月に短縮した場合は国にお金を払うというシステムになっている。富裕層ほど従軍期間が短くなるのであろう。
以上、ウズベキスタンについての基本知識ではあるのだが、日本と比較するなかで一見矛盾するようなウズベキスタンの興味深い一面が垣間見えた。現地におもむくことで、こうした統計をふまえて実際の状況を詳しく調べたい。
 
文責:文科二類2年 斉藤江里

 

証券所取引システムと経済進出

公開日:2011年8月29日

投稿者:uzstudent2011s

2011年8月29日の日経新聞からの抜粋となるが、韓国の株式市場を運営する韓国証券取引所(KRX)がウズベキスタンに証券取引所システムを提供する契約に基本合意した。中央アジアはこれから経済成長が見込まれており、ロシアは旧ソ連圏への金融面への影響力保持を目指してカザフスタンなどにシステムの売り込みを行っている。韓国ロシアは中央アジアの国に証券売買システムの供給をきっかけに自国の金融機関の進出や経済的な影響力の拡大を行うという思惑を持っているようだが、元々ロシア韓国共にウズベキスタンとの経済面での関係は深い。例えばロシアに関してはウズベキスタンの第一の輸出輸入相手国で、輸出に関しては全体の17.2%、輸入に関しては全体の24.8%を占めている。韓国に関しても、ウズベキスタンの輸入相手国では中国に次いで第三位に入っており、全体の12.9%を占めている。ロシアは旧ソ連圏という繋がり、中国はウズベキスタンと地続きになっているから貿易量が多くても不思議ではないが、韓国がここまでウズベキスタンとの貿易を活発に行えている理由は何なのか。実は韓国はもともと官民一体となってのウズベキスタン進出が行われており、進出分野も資源エネルギーに加えて、エレクトロニクス・繊維・自動車・建設・通信と多様で、中小企業を含めて200以上の企業がウズベキスタンに進出しているようだ。一方我が国日本の進出状況はどのようになっているのか。政府の行動に関しては、

2008年に日ウ投資環境整備ネットワークが開かれる。2011年に海江田万里氏がウズベキスタンのレアメタル開発に向けて協調することを決めたなど、かなり遅めの動きである上に民間企業はほとんど進出していない。実際に進出している企業は16社にすぎず、貿易に関しても輸出では2008年7600万ドル、2010年7700万ドルと実質的に伸び悩んでいることが分かる。ちなみに、ウズベキスタン全体の輸入総額は71億ドルと日本からの輸入は全体の1%にしか過ぎない。日本は韓国などの国に比べて、官民一体の行動が元々希薄であるように思える。近年盛んになっている途上国へのインフラ輸出に関しても民間企業の進出が先行し、官民一体となっての動きが見られるようになったのは韓国などに比べて非常に遅い。最近でもトルコへの原発輸出に関して管元首相の発言がトルコ側の不信を招き、結果として交渉の遅れをもたらし欧州勢の売り込みが発生した。官民一体となっての動きという点では韓国に見習うところも多いのではないだろうか。

しかし日本はODAなどの経済協力では2004年から2008年にかけて2006年を除いて金額では常に一位である。支援などをウズベキスタンとの経済関係の発展にもう少し活かすことができるのではないだろうか。自分自身も民間におけるウズベキスタンと日本の交流の発展の一助となるべく今回の訪問では頑張りたいと思う。

参考文献:JETRO ホームページ(htp://www.jetro.go.jp/world/russia_cis/uz/basic_01/#block6)

外務省ホームページ(http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shiryo/kuni/10_databook/pdfs/03-01.pdf

2011 Data Book of The WORLD(二宮書店出版)

文責:二年文科Ⅱ類八木雄介

バザール経済

公開日:2011年8月29日

投稿者:uzstudent2011s

経済体制と言うと常識的に市場経済(資本主義)と計画経済(社会主義)の二種類に区分できる。バザール経済のおもしろい点は、これはどちらにも属さないタイプの経済であることだ。売り手の利益の最大化が究極目的ではない点で市場経済とは異なり、ある地域に居住する人々が依存し合っている経済と言う点で、上からの(公的な)経済である計画経済と異なる。商業が活発であったイスラーム社会に根付いたものなのである。

バザールとはペルシャ語で伝統的なイスラームの市場(いちば)を指す単語である。(アラビア語ではスークという。)西・中央アジアのオアシス都市の、周辺地域の産物の集積地として発達した。このイスラームの伝統的な市場は多数の小路から成り、単に経済的な機能を持っただけではなく、店舗の他に、モスクや学校、茶屋なども存在した。地域に基づいた有機的なつながりであり、従来から自律的であった。これゆえに、近代化によっても容易に解体されず、現在も残っているそうである。

では、バザール経済とはどのようなものなのであろうか。まず商品の値段が決まっていない。たとえ値札がついていてもあてにならない。この経済の特徴は、交渉によって商品の値段がきまることだ。

この市場では情報が非常に重要である。バザールに出回る商品はそれぞれに個性があり、その個別の商品についての情報を確実に入手することが良い買い物をするために求められることなのである。市場では人と情報が入り混じっているため、広範に情報を集めるのは得策ではなく、安定した取引先から深い情報を得るようにするのが有効であるとされる。取引先としても、自分にとって誠実な客を信頼によって確保するのである。商品の価格は、商品の質だけではなく、相手との関係によって決まってくるのである。相手との信頼関係の度合い、取引実績、相手がどれだけ有用な情報を持っているか、などである。情報が真実であるかどうかは自己責任によって判断するわけだが、ここにはイスラーム的倫理観が根底にあるといえる。

地域に密着した経済ということで、公的にその実態を把握することは難しいようである。近代以降、国家単位で経済力がはかられるようにもなったが、バザールには国家に測りかねる側面があり、その意味でインフォーマル・セクターとして区分される部分を含む。バザールはイスラームに根付いた有機的なつながりを含み、殊にイランにおいては寄付を管理していたイスラーム法学者のウラマーはそれを公共性の高いことに運用し、商人が財政力により地域の経済を支えることで、国家に対抗する力を有した。1970年代の反体制運動ではこのネットワークが重要な役割を果たしたとされる点が興味深い。ウズベキスタンにおいては旧ソ連の計画経済の欠陥による物の不足はこのインフォーマル・セクターを活性化させる側面を持っていたという指摘もある。このような政府が把握できない経済活動に課税できないという点が課題として挙げられる。もっとも、地域共同体を行政に組み込むことなどがされているようだが。

「バザール経済」。私がこの言葉を知ったのはこの中央アジアゼミの初回である。経済というとどうしてもミクロ、マクロ、効用関数・・・などなど固いイメージが浮かんできてしまい敬遠しがちな私にとって、この文化的な側面を多分に持つ「経済」は親しみやすく思えた。相互の利益のためとはいえ、商売が信頼によって成り立っているのは弊害があるにせよ素敵なことではないかと思う。今もその制度が残っているのかはわからないが、信頼がその場で清算される現金支払いを嫌い、返済方式が好まれることがあるそうだ。映画などで見る日本にもある「ツケ」の文化と似ているのだろうか。経済の近代化、現代化が進むにつれて、こういった伝統的な経済はどのように変化していくのか。世界中の他の都市がそうであったように、全てが規格化され、画一的な経済に組み込まれてしまうのは少し悲しい気がする。

 

参考:『「見えざるユダヤ人」とバザール経済』 堀内正樹

『ウズベキスタンの慣習経済』 樋渡雅人

(文責:文科二類二年 高川)