2014年夏学期 テーマ講義:東京大学教養学部

窪田良(6月16日)

(C) Hayley Young Photography

窪田良(くぼた・りょう)

アキュセラ・インク 会長・社長兼CEO

医師、医学博士

 

1966年10月18日生まれ。兵庫県出身。慶應義塾大学医学部を卒業後、同大学大学院に進み眼科学研究において博士号を取得。その研究過程で緑内障原因遺伝子であるミオシリンを発見、「須田賞」を受賞。眼科専門医として緑内障や白内障などの手術の執刀経験を持つ。慶應病院や虎の門病院などの勤務を経て2000年より米国ワシントン大学に眼科シニアフェローおよび助教授として勤務。独自の細胞培養技術を発見し、「世界から失明を撲滅する」ことを目標に掲げ2002年4月にシアトルの自宅地下室でアキュセラ・インクを設立した。

アキュセラ・インクは、2010年1月にドライ型(萎縮型)加齢黄斑変性における世界で初めての経口治療薬「エミクススタト塩酸塩」の臨床第2相試験を開始。同年3月、本剤は米国食品衛生局により有望な医薬品として優先開発品目の認定を受けた。2013年2月、地図状萎縮を伴うドライ型加齢黄斑変性の患者を対象に臨床第2相後期/第3相試験を開始。他、糖尿病性網膜症、未熟児網膜症、スターガート病、緑内障など様々な網膜疾患に対する治療薬の開発に取り組む。2014年2月に東証マザーズに上場。

2011年、『日経ビジネス』誌が選ぶ「次代を創る100人」にて、日本の次世代にもっとも影響力のある1人として選出された。2012年5月には『AERA』誌の「現代の肖像」で取り上げられる。2013年には、ウォールストリートジャーナルが「世界を変える日本人」と紹介。TBS『夢の扉+』、BSジャパン 『日経プラス10』、BSフジ『LIVE プライムニュース』などのテレビ番組に出演 。著書に『極めるひとほどあきっぽい』(日経BP社刊)がある。

 

米国眼科学会(AAO)、視覚眼科研究協会(ARVO)、日本眼科学会、慶應医学会の会員。

ワシントン州日米協会理事。Japan Institute of Global Health (JIGH)のアドバイザー。G1 ベンチャーのアドバイザリー・ボード。

 

公式ブログ: http://ryokubota.jp/

 

【経歴】

1991年  慶應義塾大学医学部卒業、医師免許取得 慶應義塾大学病院勤務

 

1996年  日本眼科学会専門医認定を取得 虎の門病院勤務

 

1997年  緑内障原因遺伝子「ミオシリン」を発見

 

1998年  日本緑内障学会の学術奨励賞「須田賞」を受賞

 

1999年  慶應義塾大学大学院医学研究科博士課程修了、博士号取得

 

2000年  ワシントン大学医学部構造生物学教室シニアフェロー 就任

 

2001年  ワシントン大学医学部眼科学教室助教授 就任

 

2002年  アキュセラ・インク設立 社長兼最高経営責任者 就任
アキュセラ・インク設立後、1年間はワシントン大学医学部眼科学教室助教授を兼務。

 

2005年  アキュセラ・インク 取締役会長 就任

 

2008年  ワシントン州日米協会理事 就任

 

2013年  一般社団法人ジェイ・アイ・ジー・エイチ アドバイザー 就任

 

2014年 G1ベンチャー アドバイザリー・ボード 就任

 

【メディア掲載・受賞歴】

2009年  『Seattle Business Magazine』誌にて、ワシントン州で25人のトップイノベーターである起業家の1人に選ばれる。

 

2010年  『Pharmaceutical Executive magazine』誌により Emerging Pharmaceutical Industry Leaders for 2010 の一人に選出される。

 

2011年 『PharmaVOICE』誌により、ライフサイエンス業界で最もインスパイアされるリーダー100人の1人に選ばれる他、『日経ビジネス』の第一回「次代を創る100人」で、日本の次世代に最も影響力のある1人に選出。

 

2012年 『AERA』の“現代の肖像”に掲載。

同年5月に、北カリフォルニア日本協会とスタンフォード大学日米技術経営センターが共同で実施した「Japan-U.S.  Innovation Awards」で、Emerging Leader – Japanを受賞。

 

2013年 『ウォールストリートジャーナル』で「世界を変える日本人」と紹介。

『BSニュース 日経プラス10』、『BSフジLIVE プライムニュース』に出演。

講演要旨

 今回は、アキュセラ・インク会長・社長兼CEOの窪田良さんがお越しになり、「私のキャリアパスと新しい時代のグローバルリーダーの条件」と題して講演して下さいました。
 窪田さんのキャリアの源流は小学生時代にあったようです。5回にわたる転校を経験するなかで、未知の環境に適応し、その下で人間関係を築くという起業家として必須のマインドが身に付いた、とおっしゃっていました。また、「好きなこと」に没頭できた家庭環境も良い影響を与えたようです。転機となったのは10歳のときの渡米でした。アメリカ人がいかに日本についての正しい知識を持っていないかにショックを受け、「日本の姿を発信して、世界の人々の役に立ちたい」という思いが芽生えたそうです。
 その後医学部に進むと、学部生の時から研究室に入り、緑内障の研究を始められました。そして、大学院生の時には周囲から不可能と決めつけられていた、緑内障原因遺伝子ミオシリンの発見に成功し、その治療法を確立するべく、当時再生医療の最先端技術を有していたワシントン大学に勤務することを決意した、とのお話でした。ハーバード大学からもオファーを受けていたそうですが、あくまで「自分のやりたいことができる」かどうかで選んだそうです。ハーバード大学の方が当然知名度は抜群に高いものの、必ずしもそういう大学がすべての分野で最も優れているとは限らないので、世間的なステータスばかりを追求するべきではない、とおっしゃっていました。
 しかし、ここで大きな壁が立ちはだかりました。眼は中枢神経系の組織であり、損傷を受けた細胞を再生できても、その機能の再生は非常に難しいのです。そこで、窪田さんは緑内障の新薬開発によって「世界の人々の役に立つ」という志を実現するべく、2002年に自宅の地下室でアキュセラ・インクを創業されたのです。
 新薬開発には膨大な資金と時間が必要です。1つの有用な有機化合物を同定する裏には3万回もの実験があります。アキュセラ社も、ひとつの新薬を世に出すために、これまで約3000億円、12年を投じてきました。これは未だ人間は自らの生命現象について未知の部分が多くあるからだということです。しかし、数多くの失敗も、綿密な仮説を立て、検証した結果のものであればそこから大きなイノベーションが生まれるのです。アメリカでは「医者が立ち上げた製薬ベンチャーなど10年も生き残るはずがない」というのが常識だったようですが、アキュセラ社は僅か400億円の資金で現在、1/2の確率で新薬開発に成功するところまで辿り着いた、とのことでした。
 また、金融制度のギャップも克服し、アメリカ企業として初めて東証マザーズへの上場も果たしています。
 今日、アキュセラ社のみならず、小規模バイオ・ベンチャーの実績は巨大製薬企業を凌ぐまでになっています。なぜ、彼らは投資を受け、競争に勝つことができているのでしょうか。窪田さんは、

    ① ベンチャーの社員は自分と家族、そして会社の命運を背負っているというプレッシャーの下でハングリー精神が旺盛。
    ② ベンチャーでは様々な分野の専門家が交流する場があり、その中で「常識」の枠に囚われない発想が生まれる。

という2つの要因を挙げていらっしゃいました。実際に、アキュセラ社も緑内障の治療の「常識」である点眼薬ではなく、内服による治療薬開発を目指しているということです。
 窪田さんはダイバーシティとイノベーションの関係についてもお話しして下さいました。ダイバーシティが存在する集団では全員の合意を得ることは難しく、反対者にも意思決定の結果に納得してもらえるように丁寧なコミュニケーションが必要です。しかし、それが達成され一つの目標に全員の心が向いたとき、素晴らしいイノベーションが生まれるのです。
 最後に、私たちへのメッセージを下さいました。起業家に求められる7つの資質として、

  • 忍耐・粘り強さ
  • エネルギー・情熱
  • リスクの許容能力←致命的なリスクをどのように回避するか(スマート・リスク)
  • 明確なヴィジョン
  • 断固たる信念
  • ビジネスモデルの変化に対応できる高い柔軟性
  • チャレンジ精神

を、またアキュセラ社がダイバーシティを重視しつつも社員に求める基本的資質として

  • Adaptive(適応能力)
  • Collaborative(協調性)
  • Unique(独創性)
  • Curiosity(好奇心)
  • Excellence(高いレベルでの生産活動、オペレーショナル・エクセレンス)
  • Long-Term(長期的視野)
  • Accountability(説明責任)

から成る「コア・コンピテンシー」を挙げていらっしゃいました。
 質疑応答では、起業に関する質問も多く寄せられ、上述の「スマート・リスク」に関しては「パラシュートを背負って崖から飛び降りる」という非常に分かりやすい例えを用いて説明してくださいました。意思決定のプロセスに最低1人は専門家でない人を組み入れることで「素人」目線の発想が得られてイノベーションにつながるというお言葉は、私にとって驚きでした。そして、起業を通じてのみならず「自らの手で世界を変えたい」という思いを抱いている人に向けて、人類に普遍的な利益や目標・価値観を定め、地道な努力によってその志を公言できるように頑張れ、とエールを送ってくださいました。

(担当:文科一類1年 栗林啓介)