加藤百合子(6月2日)
加藤百合子(かとう・ゆりこ)
株式会社エムスクエアラボ 代表取締役
1998年東大農学部卒、英国で修士号取得後NASAのプロジェクトに参画。
帰国後は、精密機械の研究開発に従事するも、子育てから農業の大切さに気付き2009年エムスクエア・ラボを設立。2012年青果流通革新「ベジプロバイダー事業」で政投銀第1回女性新ビジネスプランコンペ大賞受賞。
現在、静岡県食の農が支える豊かな暮らしづくり審議会、新成長戦略研究評価会委員、農水省ボランタリープランナー、経済財政諮問会議「選択する未来」専門委員、農研機構評価委員、日経WEB経営者ブログ連載中。
講演要旨
今回の講演は農業シンクタンク、エムスクエア・ラボの創業者・代表取締役として活躍し、先頃、日経ビジネスの「THE 100 ―2014 日本の主役」にも選ばれた加藤百合子さんにお越しいただきました。起業の話のみならず、普段接することが少ない農業事情を直接知る良い機会となり、会場にいた学生たちも強い関心を示していました。
加藤さんは大学卒業後イギリスへ留学して修士を取得され、帰国後はキャノンに就職されました。結婚を機に退社された後も、工業用工作機械の作成に従事するなど、ものづくりに携わっていました。そんな加藤さんに転機が訪れたのは子供を出産したときです。大量生産の仕事ではなく、何か子供たちに残せるものを作りたいとの思いが芽生え、農業のプロジェクトを開始されたのだそうです。静岡大学の講座を通して起業のきっかけを得た加藤さんは、女性起業家大賞を受賞されました。
エムスクエア・ラボは農業が持つ様々な問題点の解決に取り組んでいます。
まず初めに加藤さんは農家の性格や現状について説明されました。農家というのはある種の職人である一方、自分で農産品のPRをすることが不得意である場合が多いのだそうです。自ら発信しなければ市場で存在を認知されることはありません。ハイボールを流行らせるためにメディアを有効に利用したサントリーの例を挙げながらこのことを課題として挙げ、企画力と多少の行動力さえあればイベントができることを強調されました。
農家の現状として挙げられたのは
1.需要をしっかりつかんでいる農家は十分な収入を得ている
2.生産者の激減に伴い生産量も激減している
3.組織経営が増加している
4.需要の変化に応じて臨機応変に作付けする品種を変えるのは難しい
ということでした。そこで、加藤さんは需給のミスマッチをいう問題点を指摘されます。生産者と外食産業など小売店舗や市場との間で情報と信頼が断絶しており、それが結果的に食材輸入量の増加につながっているそうです。その中で、コンビニや外食産業を中心に需要が非常に高まっているカット野菜の例を話してくださいました。生食用のレタスとカット野菜に向くレタスは種類が異なるのですが、品種に応じた土作りや栽培法などが必要になるため、需要が変化したからといって、農家の側では簡単に作付けする品種を変えるのは難しいということでした。カット野菜の需要増加には、日本の農家ではなく、台湾企業がいち早く対応して大きな利益を上げ、2008年からの4年間で日本全体のレタス輸入量は6倍にまで膨れ上がっています。生産者、市場、バイヤー、小売り、消費者との間で情報が回るのが遅いことが問題だと考えた加藤さんは、生産者と小売りや市場の適切なマッチングを支援するベジプロバイダー業務を展開していらっしゃいます。
また、加藤さんは様々な要素を掛け合わせることで農業の価値を向上させる取り組みも精力的に行っています。「農業×観光」の例では美食の町として多くの観光客が訪れるスペインのサン=セバスチャンに倣って、地元の食品を観光客向けにアピールする「地産来消」の考えを挙げられていたほか、ニューヨークのブロンクス地区での不良青年更生プロジェクトのような「農業×教育」、また、「農業×健康」など多くの可能性があるとおっしゃっていました。「農業×工業」の中では、研究開発や品質管理はものづくりに必要な要素ですが、農業に欠けやすいポイントであると加藤さんは指摘します。それらの補完や、農業という長期的な営みの中でPDCAサイクルを実践していくこと、さらには匠の技をデータ化していくことでより良い農業の在り方を追求できると示されています。 近年話題となっている農業の6次産業化についても言及され、工業的、商業的取り組みはノウハウの少ない農家は厳しい競争にさらされると述べられています。また、日本人は安価な外国産食材を好む一方で海外富裕層が日本の高品質食材を好む傾向があると述べ、食材の形を整えるという海外輸出には不要な手間がかけられていることに生産者と消費者の意識の差を見出したといいます。
講演の最後には起業で大切なことを
1.失敗を素直に受け止めること
2.脳から音が出るほど考えること
3.決定・行動すること
とまとめられました。
今回の質疑応答では、起業に関心のある学生のみならず、普段の都市生活の中で農業への関心を持つ学生が多かったため、自分たちが実感をもって知ることのできない農業の実態についての質問が多く寄せられました。一方で、農業に縁のある地方出身の学生から地方や過疎地域の農業はどうあるべきかという質問も寄せられており、これに対して誰かがリーダーシップを発揮して各種技能やPR力を通して地域資産を活かすべきという回答がなされました。様々な質問が寄せられ、非常に濃密な時間となりました。
(担当:文科二類1年 山下浩平)