上田隆文(4月25日)
Ueda, Takafumi
国際協力機構(JICA)国際協力専門員
元ILO企業開発上級専門官
銀行員を約5年務めた後、途上国支援の世界に入って24年。その間、海外での生活はアメリカへの留学の2年間以外に、2007年に日本に帰国するまで、タイのバンコク(ILOアジア太平洋総局)、スイスのジュネーブ(ILO本部)、バングラデシュのダッカ(JICAバングラデシュ事務所)と合計14年。
1959年生まれ
1982年東京大学法学部卒業、富士銀行入行
1988年海外コンサルティング企業協会に転職
1991年スタンフォード大学MBA並びに開発経済学修士
1993年国際労働機関(ILO)アジア太平洋総局企業開発専門官
1998年同本部企業開発上級専門官
2005年JICAバングラデシュ事務所
2007年よりJICA本部にて現職
東大生へのメッセージ
私が心掛けたいことは、批判する暇があったら自分で行動すること。なかなかできていませんけど。仕事での夢は「JICAはスゴイ。」「日本はスゴイ。」と世界中の同業者に言われること。つまり世界中のプロに認められることです。
今は国際協力というやりがいのある充実した仕事をさせてもらっているけれど、あちこち回り道をしたな、というのがこれまでを振り返った感想。でも、苦しかったことも含めて全てが自分にとって血となり肉となっている。あの経験が有ったからとか、あの人がいたから今の自分があるんだ、と思うことが多いです。
私はサラリーマン社会の落ちこぼれですから、皆さんにメッセージを伝える資格があるのかは分かりませんが、ともかく人生はやり直しが効くということは事実。但し、一旦まっとうな人生から外れると、世の中厳しい。全ては自分で判断、自分で行動しなければならない自己責任の世界です。でも、まっとうな人生ってそもそも何だろう。一流と呼ばれる企業が倒産したり、合併したり、「想定外」の災害や事故が起こったり。おそらく、どんな仕事をしていても、どんな人生を歩んでいても、それぞれの立場で一流を目指す人、つまり「プロフェッショナル」が求められているんだと思います。
会社を自分で起業する方もいらっしゃるでしょう。会社や役所、NPOといった組織に入られる方もいらっしゃるでしょう。皆さんは組織に入られてもただ言われたことをやっていれば良いというものではなく、それ以上のことが求められている。物事の本質を理解して、「想定外」のことがいつ起きても判断し行動ができるな、そんな役割が期待されているんだと思います。そのためには、「なぜ」と考え続けて欲しい。自分の意見を持って欲しい。そして行動して欲しいと思います。
(ところで、仕事も大切ですが私生活も大事。うちの場合、妻はUNICEFの職員で、13歳の娘と共にネパールにいますから、私は東京に単身赴任中。)
講演要旨
東大法学部卒業後、富士銀行へ就職するも、就職活動当時からの「海外で働きたい」という思いは一貫して揺らぐことはなかった。社会人としての様々な体験を通して、「付加価値のある人間」になりたいと感じ始め、発展途上国の支援に興味を持つ。そしてアジア開発銀行の採用説明会に出向くも、学歴も職種も該当しないとして断られた。そこで一からキャリアを積み上げ、「人生の要所でのキーパーソンとの出会い」にも恵まれ、ILOに勤める。そこで、年功序列が今なお根強く自分の意見を持つことはあまり好まれない日本社会の傾向と異なり、国際社会では「自分の意見を持つ」こと、「自分から積極的にチャンスや情報をつかみにいく」ことがとりわけ大切なのだと痛感した。その後、ILOを休職し、組織改革を目指すJICAへ。その動機は「変化に飛び込めば面白いことがある」からというものであった。
こうした自らの半生を「回り道の多い人生だった」と振り返りつつも、「そこで学んだことすべてが今に生きている」と語るその目はとても生き生きと輝いていた。
(担当: 文科一類1年 白石智寛)
転職を決心する前、銀行員時代のエピソードを語られます。
転機となったスタンフォード大学での生活について語られました。